2020年6月1日月曜日

『仲間が1人亡くなりました』

大学時代の仲間が亡くなりました。 
日本体育大学で、野外教育活動研究会というサークルを立ち上げました。通称 野研(ヤケン)といいます。私と同期の仲間が6人いました。立ち上げた当初は、男性3人と女性3人でした。 
サークルを立ち上げるにあたり、恩師の大出先生に「君は、ずっと男社会で活動をしてきて、少し考えに偏りがあるから、女性も参加できる形にしなさい。」とご指導いただきました。 
当時、私は野研ではなくボーイスカウトの大学年代のローバースカウトをクラブとして立ち上げようと思っていました。しかし当時、ボーイスカウトには女性は加入できませんでした。 
先生がおっしゃるように、小学校からボーイスカウト活動をずっと続けてきて、中学の時は剣道部で、ほぼ男ばかり。高校はワンダーフォーゲル部でやはり男ばかりでした。確かに女性との関わりは少なかったのです。しかし偏っているとは思っていなかったので、少しショックでしたが、言われた通り、ボーイスカウトではなく、野外教育活動研究会というサークルを作りました。 
国際自然大学校の佐藤理事長も、その時の仲間です。そのときの6人の仲間のうちの1人の女性が亡くなりました。 
段々そういう年齢になってきたのだなということをひしひしと感じます。 

こういう年齢になったときに感じるのが、自然体験の業界で、自然学校を創業した多くの人たちが、私と同年代です。 
その世代が、創業の志をいかに若い世代につないでいくのか、引き継いでいくのかということを、真剣に考えていかないといけない時期に入ってきたなということを強く感じます。 
伝える方法は、いくつかあるのだと思います。今までは、「面と向かって話すこと」と、「活字にして残すこと」の2つぐらいしかありませんでした。 
しかし今、YouTubeなどで、映像で残すこと。そして、ネットラジオのような音声で残すこともあるのかもしれないと、感じています。 
山梨に立て籠っている今、東京にいなくても、十分に仕事ができる感じがしています。東京がこちらに寄ってきているようです。それは、前述のような伝達手段が、いろいろあるからなのだろうなと感じています。 
歳をとったとき、その歳その歳に、担うべき役割があり、その役割のために、新しいチャレンジをしていくことが必要なのだろうと強く感じています。 

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